慎太郎生家
慎太郎生家

中岡慎太郎は1838年(天保9)4月、この家で誕生しました。
建物は1880年(明治13)に転売、その後台風のため壊れてしまいました。
現在の建物は1967年(昭和42)に売渡証文などの資料をもとに復元したものです。


向学の道


向学の道

中岡慎太郎が島村策吾の塾や田野学館へ通学するときに通った道。
当時、柏木から野友(現在の北川村野友)や高知へ行く道はここだけでした。
現在は森林浴等の遊歩道となっています。



中岡慎太郎銅像

中岡慎太郎生誕160年を記念し、全国からの募金によって、建立された銅像。
銅像の高さ:174p(実際の慎太郎の身長は153pほどでした)。
1999年(平成11年)4月13日除幕。
製作者:江利敏明氏(彫刻家、日展作家)、監修者:木村幸比古氏(霊山歴史館学芸課長)
(なお、製作者の姉にあたる截金作家江利佐代子氏は、人間国宝に指定されました)


贈正四位 中岡慎太郎先生碑


贈正四位 中岡慎太郎先生碑

慎太郎館と向学の道入口の横にある高台に立つ石碑。
高さは約4.5m
裏面には土佐史学の大成者である寺石正路の撰文が刻まれています。

1930年(昭和5)の除幕式には、慎太郎の死後、陸援隊隊長となった田中光顕も出席しました。


中岡家墓地(松林寺境内)


松林寺 山門

曹洞宗の寺院。
かつては多くの建物がありましたが、相次ぐ火災により、
現在では山門を残すのみです。

慎太郎は、4歳から、ここで学問に励みました。


中岡家墓地(松林寺境内)

中岡家墓地(松林寺境内)

向かって、右が中岡慎太郎の遺髪埋葬墓地、その左隣が妻である「兼」の墓、そして1番左端の卵形の墓碑が、中岡慎太郎の両親(中岡小傳次・ウシ)の墓です。


紫陽花の道

紫陽花の道(北川村柏木)

慎太郎館へ向かう坂道に咲いています。
毎年6月上旬から下旬にかけてが見ごろです。


烏ヶ盛頂上からの北川村の風景

烏ヶ森頂上からの北川村の風景


慎太郎館横の公衆便所

慎太郎館横の公衆便所

身障者用も備え付けています。お気軽にご利用ください。